社会

なんで勉強しなきゃならないのか①

投稿日:2018年5月28日 更新日:

勉学に励むことの経済合理性

学生の時分に勉学に励む事に対して、懐疑的であったりする事が時間と労力の無駄であるのに気付き、文字通り学生の時分に勉強に励む必要性を誰にも言われずに理解している人は、将来経済的優位性を獲得する確率が高い。

実際、中卒と高卒と大卒との生涯年収にはそれぞれ大きな開きがあるのだ。現状それは仕方ない。

一方、勉強に興味があるか無しかだけしか判断材料を持たない人や、勉強は嫌い面倒くさいと言うような短絡的で感情的な反応しか示さない人は、将来経済的優位性を獲得する事が非常に困難にならざるを得ない。

しいて言うなら、その親も同罪である。

しかし、経済的優位性とはなにも本人だけにその決定権がある訳でもなく、両親や祖父母などの環境によるところが多い為、すぐさまそのことが当てはまる事はないのだが、多くの人の場合はそれに当てはまるだろう。

先頃、勉強時間を時給に換算して表し、勉強をする事の必要性を説いたツイートが有名になった。これは、学生時代に勉強をしておくことの経済合理性を説いた一文であるが、これに共鳴するもの、揚げ足をとるもの、反応はさまざまだがわたしはこの人に一定の理解を示す。

だから勉強は大切なのだ、と言う説得力も、昨今の不安定な経済状況を鑑みればまたおおいに共感に値するんじゃないかと思える。

ニコニコしながら人を突き放す日本人

しかし、それに対して否定的見解を示す人も少なからずいると思う。
ならばそういう人は、死ぬ時に自分の人生が悔いのないものだと言える自信があるのならば、そういう事言ってもいいと思う。本来、誰もがある一定の豊かさを求めているはずである。そうじゃないと、マズローの欲求段階説は成り立たない。だが海外で活動するNGO団体や戦場カメラマンの使命感はその限りではない。誰しもが、自分の安心安全の上に、承認欲求がありそうだと思えるのだが、自分の安心安全を投げ打ってでも社会に貢献したいと思える事は、残念ながら今のわたしには理解出来ない。

と言うと思い出すのが、海外で捉えられたNGO団体の自己責任論だ。自分の安心安全を顧みずに、所謂危ないところに自らすすんで出向いて、捕まったのだから、その人達が生きるが死のうが自分の責任ではないかという日本で吹き上がった自己責任論。そんな日本人とメディアの現状。これは悲しい事に民度の低い日本ならではの反応で、民主主義の発達した海外ではこれらの人を助ける事は法的にごく当たり前でよく帰ってきてくれたと、賞賛されるだろう。

悲しい事に、日本ではそれほど人よりもお金が大事なのである。なんと冷たい民族。その学生がツイッターで経済合理性を問うようなツイートをすると言うのも少々頷けたりもする。

 

この日本ではもはや、頼れるものは己の力と、お金だけになってしまったのだろうか。

 

→なんで勉強しなきゃならないのか②





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