恋愛

結婚で後悔しない為に恋愛は必要か

投稿日:2018年5月16日 更新日:

打算的な女性たち

 

よくある女性の台詞で、結婚と恋愛は別物って言うやつ。
男性として聞いてて気分を害してしまうのは、果たしてわたしだけでしょうか。

若いうちは、「顔」が自分の持つ基準を満たす男と付き合い。それに釣り合う自分は他の人よりも価値があるという優越感を満たして、独占欲や性欲までもついでに満たしてしまおう、と言う全てを網羅して恋愛を「遊び」と定義して色んな男を次々と変えながら求めて歩く。
ある程度の年齢に達してくると、今度は「金」にその基準をシフトさせて、それに見合う「商品」を求めて婚活なるものをスタートさせる。その「商品」に求めるものは「安定」である。
わたしがこれら一連の行動に嫌悪感を抱くのは、ここには自己しか存在してないからである。恋愛や結婚は相手がいてこそ成り立つものなのに、そこには「商品」はあるものの、他者が存在していない。
他者性が完全に欠落しているからだ。

そこは「割り切って」考えないと、と言う意見もあるだろうが、頭でしか恋愛や結婚を考えられない女性と言うのはどうなんだろう。
芸能人や政治家のリスクと言えば、スキャンダルである。わたしはそのリスクを侵してまで恋愛を貫いたベッキーは頭でなんかで恋愛や結婚を考えてなかったと思う。

→ベッキーの現在ーこの主演ドラマが彼女のターニングポイントなのか

90年代に一世を風靡したトレンディードラマがあったが、一般社会では出来そうもない恋愛をする登場人物達を見て疑似恋愛を楽しむ。物語に出てくる登場人物達はどれも真剣で時には身を持ち崩すような行動に走る場面もあったり、時には裏切りや非人道的な行動にうってでる事もしばしばあり、退屈な日常生活に緊張感と充実感を満たしてくれていた。

一部共感もあり、非現実的な部分もありでこれがブームになったのもよくわかる。

今の恋愛はどうかというと、それは今回のテーマから大きく脱線してしまうので割愛します。

 

自分を捨ててでも良品を取りにいく

 

結婚も恋愛もその気になればすぐに出来てしまうものと、わたしは考えています。

晩婚化といいますが、どうしてこうももたもたとするのか少々不思議でなりません。恋愛に臆病とか意味が分かりませんし、コミ症とか訳のわからない単語で、人とのコミュニケーションが苦手な事をすべてオッケーにしてしまうような「逃げ」をうっていては、結婚も恋愛も成就できないのではないかと思います。

出来ちゃった婚もそうですが、積極的にしろそうでないにしろ割と簡単に籍なんて入れてしまえるのです。そして、その時はきっと心は燃え上がってしまって、結婚というミッションへとまっしぐらなんでしょう。相手に対するある程度の不満や不安、価値観の相違なんてものは後でどうにかなるさと考えその場を過ぎていってしまっているのではないでしょうか。そしてそんな一時の燃え上がりは冷め、後になりどうしてこの人と結婚してしまったんだろうと考え込んでしまう。

頭で恋愛や結婚をしてしまう人というのは、やがて熟年離婚の予備軍となってしまうのではないかと思います。関係がしんどくても「金」があるうちは我慢しながら生活を共にしていき、ある一定の「金」が貯まったか「金」が無くなったかの機会にその関係からおさらばするというような打算的な人。しかし、世の中理不尽なものでその人の性格がどうあれその人の総資産と性格はなんら関係ありません。こういう恋愛や結婚に「心」の無い考えも一理あるのかも知れません。ですがやはり、それでも「幸せ」を基準に置いた場合「心」のある恋愛は必要不可欠のような気がしてなりません。なぜなら「幸せ」は自分一人では感じられないからです。





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