社会

女性が土俵に上がってはいけない理由~調べてみました②

投稿日:2018年6月5日 更新日:

修行の妨げになるあらゆる行いやものを禁じるなかで、女性が近づく事をよしとしないことが女人禁制と言うかたちで残っているのでしょう。
尼僧の場合は、禁欲と尼僧を男子から護る為に男子禁制が守られてきました。
もう一つは、女性はケガレている、と言うところからきています。
ケガレと言うと、汚れている意味での穢れを連想する方が多いと思いますが、そもそもはそういう意味ではありません。
この世での日常と非日常
古来、日本では非日常的な事を「ハレ」。
いつも通りの日常のことを「」と言っていました。
「ハレの舞台」「ハレ着」等呼び方がありますが、日常から離れた祝祭や催しの場は「ハレ」と言い日常を清浄化させる役割がありました。一方、日常を現す「ケ」ですが、この日常が日常でなくなる瞬間と言うのがあります。
例えば、人が死んだり、産まれたりする時等も日常ではないことです。
そういう時を「ケ」が枯れると言い、この「ケ」が枯れるから「「ケガレ」となりました。元々は、田んぼの稲刈りが終わると田んぼが枯れるところからもきています。なので、稲刈りが終わった後は収穫祭というのをやります。
人が死んだり産まれたりと言うのは、「ケガレ」なわけなのです。そこからの流れで月経や妊娠も出血を伴うことからケガレているとされてきました。それを清浄化させるのが、「ハレ」なわけです。葬式も「ハレ」です。
卒業式や入学式も非日常的なことなので「ケガレ」ですから、「ハレ」で清浄化させると言うことなのです。では、相撲の話にもどります。
相撲は今ではスポーツの面が色濃いですが、神事でもあるわけです。
神事と言う事は「ハレ」なわけです。そこにケガレている女性が立ち入る事は出来るだけ避けたいと考えるのでしょう。(たぶんですけど)
女性は本当に土俵に上がってはいけないのか

しかし、これは前述の解釈を利権の為に利用したに過ぎません。

元々神社や神事には、巫女など女性がその重要な役割を果たしていましたし、神道に於いて女性の地位は本来高いものでした。

それが、明治維新以降に海外と肩を並べるべく(他にも理由はあると思いますが)男子を上位とした社会構築に邁進したため、そういった女性に対する偏見が生まれ、権利の為に利用されたのです。

ですから、土俵に女性があがってはいけないと言う理由は、特にありません。しかも、女性が穢れた生き物であるからと言った解釈はとんでもない話なのです。

以前あった、ワイドショーを賑わせた相撲会場での出来事も、そういった歪曲された解釈が長年信じ込まれた結果のことなのでしょう。

 

→女性が土俵に上がってはいけない理由①





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