社会

偉い人はどうして無責任なのか(後編)

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誰もが偉くなりたい

すべての人が当てはまる訳ではないが、人生を送る中で少なからず出世はしたいものである。

しかし、元来出世と言えば将来を嘱望されたエリートにこそ使われるべき言葉で、凡人にはほど遠いよその出来事としか捉えられない。

出世には、確かに大小あれど少なからずそこに向かって努力すると姿はとても清々しいと考えてしまうところもあるのは、出世コース、出世街道、出世争い等々出世と言う言葉には、どこか体育会系に関連があるようなニュアンスが感じられるからなのかも知れない。

他にも出世と言えば、将棋の駒は相手の陣地まで行くと、出世して一気に強い駒になることができる。
魚などは出世うおと言い、大きくなるに連れてその名前、呼び方が変わってくる。
これらどれも、頑張ったり強くなったりした過程で出世していく。つまり偉くなっていくようである。

 

じゃあ、ほんとに出世するということは、そんな美しくてすばらしい行為や努力の賜なのだろうか。

競争は激しい

先ほど、体育会系のくだりがあったが、体育会系の競技にはそれぞれポジションが限られており、そのポジションから漏れるものは、出世コースからどんどん落とされる。
枠は決められているのだから、入れるものと外れるものが出てくる。

では、両者はいったいどこに違いがあるのだろうか。
努力と才能の違いだろうか。確かに才能のあるものはひとつ頭飛び出て誰よりも早く出世して行くと言うのは誰も疑いの余地も無い。

しかし、本当にそかうだろうか。
ひとつ頭飛び出るくらいだと、周りが嫉妬してしまい足を引っ張られたり、よってたかって潰されたりする。
それから、出世をする人は頑張ってる人だろうか。部下に優しくて何でも助けてくれる人か。

 

答えはノーである。

 

その数少ないポジションをつかむのに必要なのは、人をけ落とす非常さと、ポジションに対する貪欲さである。決して美しい愛や友情などではない。

会社等の集団組織において、会社や組織が個人に求めるものは何かと言えば、従順さや明るさなのだと言う。世間一般でもっとも大事と思われる正義感や誠実さはさほど求められていない。

社会は皮肉なもの

とくに、正義感溢れる人間は周りの少なからずある、不正だったり横着さだったりを嫌う。だが、組織では色々な人間がいて、多くの場合ごたごたであれなんであれ、物事を穏便にすましたいという力学が働く。だから、正義感なんてものは和を乱す以外の何ものでもないのだ。結局は、周辺の多数もしくは、上部からの圧力に負けて、隅のほうに追いやられてしますのがオチである。

 

冒頭で話した、いわゆるエライ人たちがどうしてそこのポジションに就くことができたのか。私達庶民の感覚ではとうてい理解出来ない事であるが、出世に必要なまるで帝王学のようなモノが存在しているようである。

 

私達があのエライ人たちの言葉や言動を理解できないのも頷けるような気がする。

 

→偉い人はどうして無責任なのか(前編)





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